それにしても、なんという青空だ。

1996年6月2日、午後3時。

大切な友人夫婦に同居人、生きている間はおそらく逸れることは無いだろう相棒に加え、 NIFTY-Serve を通じて知り合えた人達と共に足を踏みいれる日比谷公園。鮮やかな緑に 染まる木立が目に眩しい。

噴水を横目に、はやる両足を押さえつつ歩く。開場1時間前の大音楽堂から、木々の頭 をかすめるようにして飛んでくるのは、まぎれもない"あの"声であり、"あの"音だった。 「まだやってるよ。大丈夫なのかな」
「リハーサルで体力使い果たしたりしてね」
「本番はみんな椅子に座ってるとか?」

彼らに捧げられる言葉には常識というタームが存在しない。幾重にもひねくれた感情を、 諸手を挙げて受け止め、いつか投げ出してしまう。"ばかやろう"も"くそったれ"も、所 謂、愛の言葉となる始末だ。

とにかく驚いたのは「チケット余ってない?チケット買うよ」の呼び声。もちろん買い そこなったファンの悲痛な叫びじゃない。どこか醒めた業務の響き。すわ日にちを間違 えたかと一瞬錯覚に陥ってしまう。相棒と目を合わせて吹き出してしまった無礼を許し て欲しい。なんといってもムーンライダーズだせ。ビッグ・マイナーもここに極まれリ というもの。

「ムーンライトあるよぉ」の声に失笑を漏らしながら、胸の鼓動は天まで届けとばかり に高まっていく。そんな僕らを意にも介さず、コンクリート・ジャングルの中の森林は あくまでのどかな風を送りつけてくる。そのあまりのギャップに現実感が押しつぶされ< ていくのをヒシヒシと感じているところ。なんてこった。ムーンライダーズだぜ。

たどり着いた野音の入口には、はたして屋台が並んでいた。懐かしい風景に脳裏の奥が チクリと痛みだす。「今日は長くなるからね」と、焼きソバ屋のお姉さん。すでにして 心ここにあらずの僕は、同居人に差し出されるまま熱い麺を胃袋に流し込む。味はどう にもわからない。関西風味じゃなかったな、確か。覚えているのは相棒にもらったお茶 の冷たさだけだ。このやわらな陽射しの中で唇が感じた心地好さ。まるで東京中が彼ら を祝っているような、It's a beautiful day!!

「間もなく開場いたしまーす。指定席の方は左側にお並びくださーい」

会場整理のお兄ちゃんが声を張り上げている。同行の方々とはしばしのお別れだ。予約 しそこねた僕ら遠距離組はオール・スタンディングの最後列から観戦。

「指定席あるよー」の声に胸中複雑であったことを告白しておこう。

長蛇の列が入口左手にできあがる。均整を乱す者も大声で騒ぐ者もいない。整然とした ざわめきの中に、様々な年齢を刻んだ顔が並んでいる。

「この人たち、みんなライダーズのファンなんだね」

同居人の言葉が僕を揺さぶってくれる。事実を目の前にしてとまどう自分に驚いてしま う。この人垣はライダーズ・ファンの群れ。そんな当たり前のことを今更ながらに認識 するなんて、おい、しっかりしろ、と自分の肩を抱きしめたくなる。