あらためて辺りを見回してみる。なんという人の波だろう。とたんに襲ってくるこの照 れ臭さは何だ?妙な同胞意識なんて無いはず。浮遊していく自我の底から込み上げてく るのは、いわれの無い羞恥心。窓から覗いていたはずの景色に、いきなり裸で投げ込ま れたような感覚。まいったな。急に心が近づいてくるじゃないか。回転数を上げていく 鼓動は喜びの現れらしい。いたる所でシンクロしては徐々に自己制御回路を犯していく。 少しは落ち着いてくれよ、頼むから。

「立見の方は整理番号順に右側へお並びくださーい」
 
新たなるお兄ちゃんの声が響く。

ああ、この番号に意味があったとは。2ケタ前半6枚続きのチケット。僕らはもう一つ の行列を作る。微笑みながら靴を鳴らすわけだ。やがて門が開き、左側の人垣が動きだ した。コツコツと音をたてながら、ただ待つだけの時間が過ぎていく。さぁ今度は僕ら の番。2列に並んで動き出す。行き先を知らない舟に乗り込むために。切符を片手に握 りしめて。予想はもはや裏切られることを望む無力な力となっている。幸せの洪水を目 の前にして、今にも泣き出しそうな気分。

ゲートをくぐると正面にはすでに人の壁ができていた。渡された記念品と旗に目をやる 余裕もなく、僕らは行き場を求めて彷徨する。

「ここじゃちょっとキツイですね。あっちへ行きましょう」



続いていくことの重みを誰よりも知っている背中は、一回り年上の大切な友のもの。僕 らをステージ右側へと導いていく。まだ人影もまばらなセクション。ここからなら全て が見渡せる。ステージはもちろん、すり鉢状の観客席まで。顔を見合わせてホッと息を 吐き出す。肩の力を抜いてみる。握り締めた旗にふと目をおとす。と、そこには誇らし げに"20"の数字が輝いていた。三日月に囲まれて。MとRに挟まれて。

白地に青く【1976 − 1996】。青空に赤く【moonriders】。

友人からオペラグラスを借りてステージを眺めてみる。中央に階段があり、その一番上 にくだんの旗が掲げられている。階段両側にも雛壇が設けられ、向かって右側がドラム ・ブース、左側がキーボード・セクションという配置。その下側にはコンピューターの モニターがたたずんでいる。いつもより控え目に見えるのは気のせいかな?フロントに は各種アンプ類とマイク・スタンド。最近の彼らにしてはシンプルな構成だ。無骨なイ メージさえ漂っている。